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by narakin
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嫁取り橋

奈良盆地に「大和の古道」と言われる古道がある。
 〇東北に平行する三本の縦貫道、上ツ道(かみつみち)、中ツ道(なかつみち)、下ツ道(しもつみち)
 〇東西に平行する日本の横断道、横大路(よこおおじ)、北の大路
 〇北北西から南南東に斜めに透道、筋違道(すじゅちがいみち)

下ツ道は平城京の朱雀門と藤原京を結ぶ幹線道路だった。
現在でも、形跡が残っているヶ所も多く残っている。

大和郡山の篤志家達で作っている「特定非営利活動法人古道・下ツ道・保存・研究会」というので、活発に活動しているみたいです。

下ツ道は昔は道幅70mほどの大きな道だったらしいが、現在は道幅4mほどの小さな道になっている。
ナラキン菜園から東へ約700mの所にその下ツ道が通っている。
ちょうどその辺りに「嫁取り橋」と書かれた石碑がある。
f0089748_22271646.jpg
真ん中に見えている道は東西の道で、「嫁取り橋」は画面左側にある。
嫁取り橋の由来にちなんだ「八条ヶ渕」が近くにある。
f0089748_22272201.jpg
ここに書かれている説明によると
 昔、山辺郡勾田村に住む小雅之祐という若い山伏が松尾山に修業に行くとき、龍田明神神職の伯父の家に宿ることがあった。ところがその家の娘、駒野が恋心を抱き、それをさけて逃げる小雅之祐を追い、ついに八条ヶ渕に身を投げて大蛇と化した。大蛇の妄念は激しくなり、ある時、珊瑚珠川を渡る花嫁をさらって八条ヶ渕に沈めてしまった。それ以降、村人たちはこの橋を「嫁取り橋」と呼んで恐れ、花嫁はここを通らなくなった。村を荒らす大蛇は、その後村人達によって退治された。このような伝説をもつ駒野の墓と伝えるところが、近くの下ツ道沿いに現存する。

その墓地がこれであり、この中に駒野の墓と伝えられる墓がある。
f0089748_22272817.jpg



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Commented by はのそん at 2018-11-16 21:44 x
えらい怖い言い伝えですね。
墓まで残っているって事は信ぴょう性を感じますね。
Commented by narakin at 2018-11-17 20:38
はのそんさん、昔話には、怖い話も結構ありますよね。
by narakin | 2018-11-15 22:58 | 歴史 | Comments(2)